大鹿村・大西公園の観音像
2007-12-10


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大西公園のあった場所には昔は一面田んぼがありました。
昭和36年各地に被害をもたらした豪雨の影響で、
大西山が崩れ、土石流が田んぼと小渋川の対岸の集落まで襲い、
多くの方が犠牲となりました。
いわゆる36災害と呼ばれている、未曾有の大災害です。
その悲惨な災害の跡地をなんとかしようと村の一人の方が立ち上がり、
私財をなげうって桜の木を1本1本植えていったのです。
その真摯な姿にやがて多くの人が賛同し、今の大西公園が出来上がりました。
そして犠牲者を弔うための観音像が立てられ、静かに大西公園を見守っています。

※大西公園の下に集落があったのではなく、小渋川対岸に集落があり、そこまで土砂に埋まったとの事だそうです。
間違った記載をいたしまして、申し訳ありませんでした。

[大鹿村について]

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